カルテ6ー3

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医局のタイルがキュ、と鳴る。 体育館に擦れるバッシュの音。 戻れるもんならその頃に戻って、医者になんてなるな、って言いたい。 勉強なんてするな、って。 陣内は最後まで何も言わなかった。 そりゃ言えるわけないよ。 私に言われた事は何よりも酷い事の筈。 だけどさ、陣内。 あんたは狡い。 こんなになっても 最悪のカタチになっても あんたは私にこんなにも巣食ってるんだから、狡い。 何であんた、白石の息子になんかなったのよ。 ボスはだいたい同じ場所に車を停めている。 私が帰り支度をしている間 いつものところでいつものように待っていたボス。 「望絵、そうやって着飾ってると 普通の女みたいだな」 そう言って笑う。 着てきたモノしかないから仕方がなくまた頼りない素材のワンピースに袖を通した。 助手席の扉を開けてくれるボスが何故かブレイドさんと重なった。 ブレイドさんはハッキリ言ってあまりイイ状態ではない。 大丈夫だった肺だって、全滅じゃなかっただけで 機能が完全に回復するか、って言われればそうじゃない。 腎臓だって下部は切除したんだ。 いくら二つ残ってるとはいえ負担がかかる事は間違いない。 肝機能だってきっとこれから悪くなる可能性が大きい。 要は、多臓器不全。 だからICUで診てるんだ。 なのに、何が良かったのよ。 あんたは、私だけが無事だったらそれで良かったのか。 「また、噛んだのか」 声を出さずに震える私の頭をクシャリと掴むのは ボスの大きな掌。 「女がそんなとこに傷なんか作るんじゃない」 「ボスも、当然、全部知ってた人なんですよね」 もう、今となってはどうでもいい事だけど。
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