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針と糸を動かす隙間をうまくつくってくれる先輩は
たまにガーゼを放り込む。
創が右腎上極側から腎門部(腎臓の中央)にまで達していた。
縫合と止血のリズムが確立される。
腹部大動脈まで創が伸びていたらヤバかったのかもしれない。
そうなってくると重症外傷に対する術式の1つで簡単な結紮と止血だけをして患者の全身状態がある程度落ち着いてから再手術をする、救命治療ではよく取られるダメージコントロールをしなければならなかった。
「有馬さ、お前ほんと、その手と指……」
「はい?」
「いや、なんでもね
しっかしほんと、速いな」
「でしょう?
ほら、先輩、次」
「これ、俺の下手さが暴露されるな」
なんて言いながらも迷いもなく進められる圧迫と縫合、隣接する臓器をひっくり返して裏側まで手を入れ、際どい創をもなんとかしてしまう。
「有馬」
「はい」
この人も、私を妬かせる1人だ。
「わー、世の中にはこんなドクターがまだいたんだねー」
三原の目がやんわりと細められた。
先輩はどこか海外の救命にいたはずだ。
それが、さっきB病院の救命にいると言った。
いつ日本に帰ってきたんだろう。
いつもなら私の目の前にはほぼ9割の確率で
陣内が立っている。
主任か王の時もあるけど、こうして佐藤先輩とまさかこんな風に一緒にオペをする事になるなんて
「なんか、不思議」
マスクの奥、口の中だけで呟いた。
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