カルテ8ー2

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陣内はいつもと変わらないその顔で私に向く。 「ああ、有馬さんここにいたんですか。 加倉井さん、後の手続きはここのナースが見てくれますから」 「はい、ありがとうございました」 また、にこやかに、いや、そのにこやかさを何倍にもして加倉井さんは頭を下げた。 「有馬、とにかくそういう事だから」 「……何度言われても無理なもんは、無理です」 見上げて、言い切ったところでやっと離された手首。 先輩、痛いし。 小さなボヤキを残してクルリと向きを変える。 ここは4階だ。 エレベーターを待つより階段の方が移動が早い。 勿論、追いかけてくる足音が1人分。 だけど 「陣内先生」 陣内を呼び止める先輩の声。 続く足音はピタリと止まり、私の駆け下りる音だけがそこに響いた。 空回りしているんじゃないかと思うくらいに 上擦る心臓が全てを私に告げている。 どうしよう。 人生でこんなに挙動不審なのは問題。 どうしたらいいんだ。 その解決策でさえ不明で…… 先輩でさえ、陣内にかかわらないで欲しいと思ってしまった。 こんなのは知らないし、……ひょっとすると 気持ち悪いことかもしれない。 いや、キモイだろう。 こんな時はボス! ボスぅ! ボスぅぅぅぅ! 階段を下りきって今じゃスッカリ珍しくなった 電話ボックスへ滑り込んだ。 うちのセンターでは、3台完備だ。 そこでスマホを取り出して すぐ様ボスラインを開く。 久しぶりだった。 “にく!” “肉を!49にく!” 連続して送信してから気付いた。 あ。 私、今までも、なんかある度に“肉”って送ってたんだろうか、って。 スマホの画面を見て、ゴックンと飲み込んだ生唾。 プッツンと消えるライト。 “どうした” また光ったと同時に、ボスからのレス。 「は、はやっ!」 人生の師に相談しても損は無い。 そんな風に思った。
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