カルテ8ー2

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「有馬先生! すぐはいれる?」 センターに入るや否や主任からかかった声に すぐ様コンビニ袋をゴミ箱に押し込んだ。 「おはようございます」 「おはよう、今から来る患者! すぐ近くの助産院で出産したんだけど胎盤、出て来ないんだって」 「……癒着か」 「うん」 癒着胎盤。 「何人目?」 「それが初産」 「ああ、そうなんだ」 赤ちゃんを分娩した後、本当なら自然に剥がれ落ちるはずの胎盤が、そうならない。 稀ではある。 しかも、初産婦だなんて。 「産科は?」 「後から合流するって」 「は?」 首を傾げた私に主任が顔を覗き込んだ。 「あれ、有馬先生、癒着胎盤したことない?」 「いいえ?何度も」 「あ、そう。 それなら安心、陣内先生がお迎え行ってくれてるから」 ニコニコと笑った主任。 その顎に青い髭を見付けた。 「主任、髭」 「ぎゃおっ!」 顎を押さえて立ち止まった主任を医局に置き去り、オペ室へ向かった。 32歳女性、妊娠第39週と2日で出産、赤ちゃんは無事。 分娩時には中量出血。 既往歴はなし。 運ばれてきた患者の顔には見覚えがあった。 「有馬さん?」 陣内が少し遅れてオペ室へ入ってくる。 「……始めよう、バイタルは?」 眠る顔だったけど、間違いない。 白石のところにいた、女の子だ。 何度か堕胎の処置をしたのは、私だからだ。 それも、免許を持たない時代に。 胸の中が、酷くざわついた。
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