カルテ9ー2

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「有馬」 「先輩」 「今、加倉井さんが俺んとこ、来ててな」 「加倉井さん?」 心外の医局で先輩と出くわした。 先輩もあっちとこっちを移動しなきゃならないのはほんとに大変だ。 「あー、加倉井の親父さん」 「ああ……」 「知ってるのか」 「はい、こないだお会いしました」 きっと彼なら 娘の為に白石へどれだけ払うことになっても “心臓”を買うに違いない。 先輩の話では、移植を視野に入れて治療をして欲しいとのことだった。 「ま、ちょっと今の状況が続くなら……普通に生活するのだって、今まで以上に不利だわな」 はい、と頷いて 「それも、妥当かと思われます。 ペースメーカーを植え込むにしても どこまで対応できるか……」 「だな。 あ、お前、もう帰れ」 先輩がしっし、と追い払うように手を振る。 「家、帰って寝てろ」 「え」 「え、じゃねぇよ、たまにはじっくり休むことも必要だろ」 先輩がそう言った後 医局へ入っていく。 じっくり休む、か。 陣内は、もう帰ってしまっただろうか。 もう始発も動き出してしまったであろう時間を見て ちょっとだけホッとする。 きっと今、陣内と一緒にいたら、良くない。 弱い部分を曝して 可哀想なフリをして ヤツに心底縋りついてしまうだろうから。 階段を下りて ここもよく通るようになったなぁ、なんて 呑気なことを考える。 救命に戻ってきて やけに静かな雰囲気を見て不思議な気持ちになった。 たまに、こうして穏やかな時間もある。 「帰ろ」 医局には陣内がいなくて また、ホッとした。 だけどその反面、物凄く残念がる自分もいて 思わず、“どっちなんだ”と、突っ込んでいた。
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