カルテ10

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「たぶん、日本でオレらだけだと思いますけど?」 「は?!」 マスクの上から覗いた自信と余裕の二つの塊。 長い睫毛が縁取るそこは きっと、口にしたらダメなことでも 言っちゃいそうな雰囲気ばっかりを醸し出している。 なにが、オレらだけ? な、に、が! オレらだけなんだ!バカ者っ! 「なにー、陣内先生、それ、なんかやーらしー」 三原が突っ込んでくる。 三原、あんたもよくそんな余裕見せられるよね。 重症心不全の患者の麻酔なんて 激しく気を遣うことばっかりだ。 これは使っちゃいけない アレもだめ、ソレもだめ、しかも 導入なんてほんとに神経がすり減るくらいに大変な筈なのに…… 三原はいつもの通りだった。 「3-0」 「はい」 「……だいたいアンタがやるんじゃないの?」 「何がですか?」 「アンタ、移植のプロなんでしょ?」 少しだけ縫合し始めたドナー心を、心嚢内に入れる。 「まさか」 陣内がはは、と軽くあしらう様に笑った。 「おい、有馬……」 「先輩後にして下さい」 「あんた向こうはどうなったのよ」 「あ、全部うまくレシピエントの元に届けられたと思いますよ?」 「生食入れてよ」 「入れますよ、せっかちだなぁ、有馬さん」 「……っていうか、有馬……」 「だから、先輩、ちょっと待って。 ほら、そこ邪魔。 今から3秒で縫うわよ」 オペ室が、ザワメキだした。 「3秒! 大きく出ましたね」 「あんたよりハヤくないわよ」 「いや、お前ら、待て!」 先輩が一際大きな声を出した。 「ああ、先輩、すみません、なんですか」 房吻合がもう、間もなく終わろうとする時 私を見る先輩の目が、ちょっと左右に泳ぐように揺れているのを見た。 それでも結紮の手を止めない私の手元と 顔を交互に見ながら 「有馬、お前……お前か、移植のプロって」 「は?」 あんまりにも理由の分からない事が多すぎて 思わず叫んでいた。 「だから、やったことない、って言ってるじゃないですか!」 シン、と鎮まったオペ室と 反対にザワザワと忙しない上の見物人たち。 「アハハハハ」 笑い出した陣内に 「うるさい」 一喝していた。
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