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大きな木だ。
その幹に掌を寄せて、なんとなく見上げてみる。
生い茂った緑の葉っぱは脈々とパワーを溢れさせて
息吹の強さを見せつけた。
眩しいくらいに。
僅かな隙間から陽の光が差し込んで来る。
思わず直視しそうになって、片目を瞑った。
手で翳したその奥に
むかし、昔、聞いたことのある音が
頭の中で再生される。
“有馬さん!”
あぁ、そうか。
あれは、紛れもなく陣内。
陣内だったんだ。
「あの時から陣内は“有馬さん”って呼んでたのか」
陣内は私を“先生”と呼んだ事は一度だってない。
この木に登る少年を何度か見たことがあった。
ヒョロヒョロの小さな男の子。
ふっ、と笑いが漏れた。
「あれで中二……笑える……」
しかもそれが、覗きの為だったとか
もっと笑える。
「ね、陣内。
私の事を先生って言わないのはさ
やっぱり、先生、なんてガラじゃないから?」
しっとりとしたゴツい幹。
そこで語りかけてみても、もちろん何も返事はない。
「有馬先生」
「あ、ごめん、今行く」
綺麗に手入れされた庭。
こんな風にゆっくりと、庭を眺めたこと、なかったなぁ。
「ね
ブレイドさん」
「どうしましたか」
「ここに来たこと、陣内には言わないでよ」
すっかり元気になったブレイドさんの背中を見ながら言うと
「分かりました」
「チクったら、絶交だから」
「それは、大変だ。
絶対に言いません」
多分、それでも陣内には内緒にならないだろうけど。
「代表がお待ちです」
「うん、ありがと」
庭に面したリビングの一面の窓。
そこに掌を向けるブレイドさん。
ドキッとしたのは、黒い革のソファに座る代表の後ろ姿を
白石、だと思ってしまったからだった。
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