カルテ10

34/35
1625人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ
心臓を掴んだ手が、震えているのが分かった。 「……有馬先生?」 介助ナースは今までに何度も一緒に闘ってきた仲間だ。 三原だってそうだし ここにいるみんながそう。 「有馬、ドナー心、異常なし。 LCA(左冠動脈)剥離始めるぞ」 手が震える。 落ち着け。 「有馬先生、ご気分でも?」 きっと こんな事は初めてのことで みんなはいったい何がなんだか分からない筈。 いや、私だって分からない。 「大丈夫、ちょっと待って」 ちょっと待つって、なに。 胸開けて、“待つ?” ありえない、ありえない! すぅ、とゆっくり息を吸い込み ふぅっ、と一気に吐き出した。 マスクが邪魔をしたけど、その為につけているものだから、仕方がない。 生命の燃え尽きる瞬間をもう見たくない。 心臓を左上方へ脱転する。 「切開延長します、先輩、続けてください」 「大丈夫か、有馬」 「はい」 痛々しい心臓を見ながら LA(左房)真ん中から左心耳(シンジ)に向かってメスを入れ そのまま僧房弁に添わせて滑らせた。 ちゃんと楽しい人生を送らせてあげる、って 言ったじゃん。 「レシピエント心、摘出完了です」 「よし、こっからが本番だ」 ドナー心の綺麗なこと。 目に見えて病変している加倉井さんのものとは 質感が違う。 「お待たせしました」 また、扉が開いて かれ、が入ってきた。 言わずと知れた、陣内だ。 陣内が参加するなんて聞いてなかった。 「有馬さん、直ぐに入ります」 陣内は入ってきたところで一礼する。 「ああ、ちょうど良かった、陣内先生」 そう言えば、先輩が以前陣内を“若いの”と呼んだ事があったけど…… その後はちゃんと“先生”と言ったのを聞いて 少しだけ不思議に思っていた。 ……陣内はそんなに移植で有名だったんだろうか。 私の目の前に立った陣内 「じゃ、オレはここで参加させてもらうから」 私の横に立った先輩に 「宜しくお願いします」 一礼する。 「有馬さん、何してるんですか」 「……なんでアンタがここにいるのかがまだ理解出来ない」 大事な開胸中に、2度も手が止まるなんて 首をフルフル、と振り 自分の不甲斐なさに猛反省した。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!