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「たぶん、日本でオレらだけだと思いますけど?」
「は?!」
マスクの上から覗いた自信と余裕の二つの塊。
長い睫毛が縁取るそこは
きっと、口にしたらダメなことでも
言っちゃいそうな雰囲気ばっかりを醸し出している。
なにが、オレらだけ?
な、に、が!
オレらだけなんだ!バカ者っ!
「なにー、陣内先生、それ、なんかやーらしー」
三原が突っ込んでくる。
三原、あんたもよくそんな余裕見せられるよね。
重症心不全の患者の麻酔なんて
激しく気を遣うことばっかりだ。
これは使っちゃいけない
アレもだめ、ソレもだめ、しかも
導入なんてほんとに神経がすり減るくらいに大変な筈なのに……
三原はいつもの通りだった。
「3-0」
「はい」
「……だいたいアンタがやるんじゃないの?」
「何がですか?」
「アンタ、移植のプロなんでしょ?」
少しだけ縫合し始めたドナー心を、心嚢内に入れる。
「まさか」
陣内がはは、と軽くあしらう様に笑った。
「おい、有馬……」
「先輩後にして下さい」
「あんた向こうはどうなったのよ」
「あ、全部うまくレシピエントの元に届けられたと思いますよ?」
「生食入れてよ」
「入れますよ、せっかちだなぁ、有馬さん」
「……っていうか、有馬……」
「だから、先輩、ちょっと待って。
ほら、そこ邪魔。
今から3秒で縫うわよ」
オペ室が、ザワメキだした。
「3秒!
大きく出ましたね」
「あんたよりハヤくないわよ」
「いや、お前ら、待て!」
先輩が一際大きな声を出した。
「ああ、先輩、すみません、なんですか」
房吻合がもう、間もなく終わろうとする時
私を見る先輩の目が、ちょっと左右に泳ぐように揺れているのを見た。
それでも結紮の手を止めない私の手元と
顔を交互に見ながら
「有馬、お前……お前か、移植のプロって」
「は?」
あんまりにも理由の分からない事が多すぎて
思わず叫んでいた。
「だから、やったことない、って言ってるじゃないですか!」
シン、と鎮まったオペ室と
反対にザワザワと忙しない上の見物人たち。
「アハハハハ」
笑い出した陣内に
「うるさい」
一喝していた。
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