ファイナルカルテ

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ねぇ、陣内。 あんたきっとバリバリ怒ってるだろうね。 なんせ、あの日、電話で話したっきりだもんね。 行方を眩ませたその日の夕方は ちょうど仕事上がりで 加倉井さんが“ごくごく軽い拒絶反応”を無事に切り抜けた頃だった。 彼女の心臓は今でも大きなトラブルを起こす事はなく 奇跡的な回復を見せていると聞いている。 病院を出た直後、陣内が私のスマホを大きく揺すったことを、また、懐かしく思い出していた。 いつもと同じようなやり取り。 “いやよ”と“バカ者”と“うるさい”を繰り返す会話。 “有馬さん”低い響く陣内の音を 頭の中でスクロールさせた。 『もう、一息だね』 器械は自分で取る。 これが、お一人様オペの醍醐味だ。 『おー、凄いじゃん、姜先生』 ふー、と息を吐ききった姜は 弁形成のオペを完了した。 後は、心臓が的確に動くのを見届けるだけだ。 私がこの土地に来る事を決めたのは クソ代表ザルに言われたからだけど、強要された訳ではない。 あの時、“イヤだ”と言うことも出来た。 人生の分岐点では、必ず困難の多い方を引いてきた。 クソ代表ザルは“報酬は加倉井から貰う”と言い切っていた。 ただ、私が頼んだのは 右心不全も拒絶反応も起こらないピチピチの心臓だ。 クソ代表ザルはそれを確かにちゃんとコーディネートしてきてくれた。 加倉井さんからの依頼だけでは こうはならなかった、と言われたのは後日談。 だから、新しく用意されたここに来ようと思った。 また、自分自身を磨くために。
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