ファイナルカルテ

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陣内を纏う空気が、ガラリと変わった。 ……気がする。 「有馬さん覚えてます?」 「なにも覚えていません」 覚えてる事なんて 沢山、それこそ腐るほどあり過ぎる。 「……面白いことを言うようになりましたね、有馬さん。 オレ、極力温厚な人間なんですけどね。 いつもは」 陣内の笑いが、暗がりに浮かび上がると ちょっとしたホラーのようだ。 それくらいに、悪い微笑み。 「いや、今も温厚なんですよ?」 韓国でこんなところに来たのは初めてだった。 約、1年前。 右も左も分からずにやってきたその1時間後にはもう、脳死判定をしてドナーからあれこれを取り出していたぐらいだ。 だから こんなステキー、な雰囲気で イケ男と二人でタラコパスタなんて 「ああ、温厚な感じにしてるだけですけど」 ほんと 「ね、有馬さん?」 ……怖すぎる。 ビールがどんどん陣内のナカへ消えていく。 「いつ、なの、それ……」 「明後日」 「は?」 『モレ(あさって)』 「いやいや、そうじゃなくて。 明後日って……ど、どこで?」 「センターで」 「センターって」 「勿論、日本ですよ、有馬さん」 唖然、とはこの事だ。 わたしのスケジュールだって色々詰まっていて 動かせない筈なのに しかも明後日なんて急すぎて 「む、無理だから。 いくらなんでも無理すぎ」 「無理? 有馬さんのどの口がそんな面白いことを言うようになったんですか」 「……へ」 仄暗い灯りにユラリと揺れる陣内の影が床に伸びて それが、刺々の沢山ついた何かの生き物の様に見えた。 床に気を取られていて 次に視線を戻した時には陣内は明らかに温厚な人間、ではなくなっていて 「捩じ込んでやろうか、有馬さん。 その、愛しい口に」 それはそれは美しく、恐ろしい、獣。
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