カルテ11

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************ たくさんの管と器械に繋がれた患者の姿は ここ、ICUではよく見かける。 加倉井さんも同じだった。 約30分程の慣らし運転の後、人工心肺から離脱。 移植されて、晴れて彼女のモノとなった心臓が 自ら動き出すまでは、こっちの心臓が口から出そうになるくらいだった。 オペ室に訪れた安堵と、ちょっとした感動に感謝しながら彼女の身体を元に戻す。 ただ、もうこの時点で始まっているかもしれない “拒絶”という大きな壁に備えなくてはならない。 「有馬」 「先輩、お疲れ様でした」 「……お前さ 昔から抜きん出たとこだらけだったけど やっぱ、変わんねぇな」 「そうですか」 「オレら普通の医者からしたら、お前は普通じゃなかったからな」 ……先輩の言いたいことは、よく分かる。 別に嫌味を言われてる訳じゃないことも。 「院で有馬を見た時は焦ったよ」 「先輩でも焦るんだ」 マスクを外した先輩が笑う。 「こいつには負けたくねぇ、って」 「光栄です」 あー、疲れた。 伸びをして 背骨を持ち上げる。 パキパキとちょうど背中の真ん中辺りが鳴る音に 空腹が反応した。 「腹、減った」 ボスに、食べさせてもらおう。 肉。 肉が食いたい。 「なぁ、有馬」 「はい」 「お前、海外でやってみるつもりない?」 「は?」 振り向いて、見た先輩の顔にはやっぱり笑顔で 私と目が合って、それが一層引き伸ばされた。 「あー、やっぱ、いいわ なし、ナシ」 「はぁ?」 「お前、国境越えたからって今と変わらないだろうし、出なきゃダメな時は勝手にそうなるだろうし、いい」 「先輩、ひょっとして、向こうに帰る人?」 首を傾げた私に、また笑うだけ。 「あー、まぁ、単身赴任だからなオレ 加倉井が落ち着いたら戻るわ」 「は?単身赴任?」 「言ってなかったっけ? 家族が向こうで生活してる」 「は?」 驚きだ。 驚き以外、ない。 「先輩、既婚者?」 指差し確認で、失礼かと思ったが 先輩に向けてみる。 「なんだ、残念か」 「いえ、全然」 きっと間抜けな顔だったと思うけど 先輩が私を見て大爆笑した。
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