104人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
大学2年の夏、俺は家庭教師のバイトを始めた。
3か月付き合った優菜にフラれて、気を紛らわせたかった。
肉体労働をせずに短時間で稼げる割のいいバイト。
そんな風に考えていた俺は、たった3回で音を上げた。
「もうやめてやる!」
「まあまあ」
管を巻く俺を宥めるのは、親友の鳴沢。
「誰が”大人しくて引っ込み思案な子”だ! 図々しくて生意気なガキじゃねえか!」
「中学生なんてそんなもんだって。自分だってそうだったろ?」
自分の中学1年がどうだったかなんてことは記憶の彼方だ。
酔った頭で必死に思い出そうとする。
中学1年の夏と言えば、部活だ。
炎天下でぶっ倒れて救急車で搬送された。
「冗談じゃない。俺は目上の人には絶対服従だった。部活の上下関係を叩き込まれた年だからな」
「でも、親には反抗しただろ? 家庭教師なんて親の手先みたいなものなんだから」
鳴沢の言うことは正しい。
確かに俺は彼女の親の手先だ。
「先生って見かけによらず真面目ですね」
今日も一葉は生意気な口を利く。
「問題集解かせてる間、マンガでも読んでそうなカテキョに見えたのに」
そんなチャランポランな人間だと思われたのかとムッとした。
「悪いけど、俺はやるとなったらきっちりやるよ。無駄口たたいてないで問題解いて」
正直、自分がここまでハマるとは思わなかった。
一葉の1学期の定期テストの答案を細かく分析して、彼女に最適な問題プリントを作成して来た。
それを解かせて、弱点を克服させる。
前回まで「ちんぷんかんぷんで全然わかりません」なんて言い切っていた彼女が、スラスラ問題を解いている姿を見ると達成感を感じる。
大学で教職課程は取っていたが、あくまで保険のつもりで本当に教員を志したことはなかった。
でも、今回のバイトで自分の将来のビジョンさえ変わりつつあるのを自覚せざるを得ない。
問題は生徒とのコミュニケーションだな。
一葉の横顔を見ながら、こっそりため息をついた。
最初のコメントを投稿しよう!