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「ノーノー、ヒコボシ、アンド、ヒコボシだからクジョーもヒコボシ、万事解決」
「うーんまぁ、それならいいけど?」
「クジョー、随分と花屋さんにシンスイしてる。これすっごく珍しいことデショ?」
難しい日本語使っておいてその外国人気取りはもういいから、と九条は笑ってワイングラスを手に取る。
LOTUSでは専ら濃度の高いアルコールを嗜んでいるが、料理の旨いこの店では肉には赤、魚には白のワインを水のように喉に流し込む。
牛ほほ肉の煮込み料理を口に運んで舌鼓を打ってはエドアルドに告げられた彦星の姿を脳裏に浮かべみる。
笑いもせず、表情を変えることのない彼が花を手に取った時だけその頬がわずかに緩むのを何度も見ている。あまり嫉妬をしないタイプだいとう自覚があったが、そんな自分がまさか花に嫉妬するとは、と九条は笑ってワイングラスを片手にちいさくうなだれた。
「アイツさぁ、男には本気になりません、って顔してんだよなぁ。二丁目にいる時点で諦めたらいいのによ」
その言葉にエドアルドは右の手に持つ箸に挟んだおおきなひとくちのサラダを頬るのをやめる。停止ボタンを押された指揮者のような格好をしている彼を意にも介さずほほ肉を頬張り続ける九条だったが、いい加減に口に放られない菜っ葉が不憫に思えて「俺なんか変なこと言った?」と彼に問う。エドアルドは静止しながらもくちだけを開いたが、その表情は喜怒哀楽のどれもを示していなかった。
「男に本気になりたくないから、お花屋さんは二丁目に来たんだろう?」
日本人から紡がれている音色と何ら遜色のない声で紡いでから、エドアルドはようやく口いっぱいの菜っ葉を迎え入れた。草食動物のように小刻みに口を動かしてそれを咀嚼する。腑に落ちないといった様子で自分を見つめる九条に、それも分からずに彼に近寄ったのか、と子を叱る親のように嗜めてやる。
「今から話すことを俺から聞いたって言わないでほしいんだけど」
「それってどうなの……聞くけど」
九条もエドアルドも、アルコールと舌鼓の止まらぬ食事の手を止めることはない。世間話をするのとおなじリズムで、エドアルドは九条におとぎ話を聞かせるが如く、のんびりとした口調で酔っ払った花屋が語ったという過去の男との話を聞かせてやった。
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