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  彼にはかつて愛した男がいたということ。   当然のように彼と歩んでいくものだと信じてしまったこと  好きだと紡いだ言葉は無残にも返事がなかったこと  そして愛した男は、音沙汰もなく自分の元から去っていったということそして、男同士に終わらない恋などないと知ったということ――  花屋のくちからぽつりぽつりと紡がれた言葉を思い出し、かいつまんでエドアルドは言葉にして、九条と同じ銘柄の煙草に火をつけた。 「……え、それだけ?」 「それだけさ。トラウマとも呼べない、最初で最後の恋だったって、最後は自分を嘲笑っていたけど、彼のような男の子はこっぴどく振られるよりも辛いことだったんじゃなかろうか」  哲学者のようにエドアルドは考え込む。   そういうもんかねぇ、と九条は相槌を打ちながらも自分には分からんと首を横に振った。 「ここからは恋をしなければ日本人でもない僕の憶測だけれども、お花屋さんにとって本気の恋が生まれない、否、生まれることは数少ない、この環境は居心地がよかったんじゃないかな」 クジョーが来るまでは、と指鐵砲を向けて射抜く。   自分よりも褐色の薄いその指の先を見つめて、九条は唇を尖らせた。俺は悪者かよ、と九条が不貞腐れると、取り繕うでもなく「そんなことないさ」と煙を吐き出す。 「まぁなんにしても、僕はひっそり二丁目に咲いた恋の花に水をやってるんでね。お花屋さんがもう一度恋をしたいと願ってしまったことも大事件だし、遊び歩いてたクジョーが一途になってるのも、驚天動地だ。あの三毛さんが怒るくらいに。クジョーがヒコボシに会いに行くというなら、七夕で本物の織姫はどうするんだい?」   九条は最後のほほ肉をひょいっと頬張った。僕食べてない! と大声を張ったのも無駄に終わって今度はエドアルドが子供のように口を尖らせる。 「彼女はもう知ってるよ。女ってすげーよな」 「罪作りな男め……っていっても、君と彼女は元からそういう間柄だったか」   まぁな、と九条は相槌を打って口の中で溶けていったほほ肉を嚥下する。
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