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「クソッ……」
見ず知らずのスーツの男に向けたはずの悪態は、男に惹かれるという馬鹿な想いを二度と抱かないと固く誓ったはずの自分に跳ね返ってきて、拳を強く握り込む。じわりと湿った拳の汗さえ、鬱陶しく思えた。
予定変更だ。
花屋は踵を返す。不毛な想いを打ち消すためには、適当な男に乱雑に抱かれればいい。
そうすれば、男の自分が男に愛されることなどないと身を持って知ることができるのだから。速歩で革靴を鳴らす音に同調させるように胸の内で呟きながら、今度は迷うことなく自宅ではない一軒の店に向かう。この時間ならば客は少ないだろうが、ちょうど小腹も空いてきた。昼間から少し酒を引っ掛けて、顔なじみの店主のからまかない飯を分けてもらって、日が落ちるに連れて増えてくる客の中から適当な相手を見つければいい。
そうして歩いてみれば、朝から何もくちにしていないことを思い出して急に腹の虫が鳴ったが、その轟音は路地裏で大きなゴミ箱から残飯を食い散らかしている二羽のカラスしか聞いていなかった。
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