491人が本棚に入れています
本棚に追加
*
花屋の店のある裏路地の、ちょうど二本裏手側に目的地はあった。
――BAR LOTUS
年季の入った木目の扉がある以外は四方五十センチ程度のちいさな換気窓しかないその店は外から内部を覗くことはできない。バーの性質上、覗くことができないようにしてあるそれは防災ガイドラインを毎年ギリギリでくぐり抜けている。
怪しげな外観を厭うこともなく旧式のドアノブを右に回すと、ギイ、と錆び付いた音が鳴り、立て付けの悪い扉は中へと押し開くのに随分とちからを要した。誰もいないだろうと思って、体当たりをするように肩を押し付けて勢いよく扉を押す。すると今度は容易に開かれてしまい、花屋は勢いのまま足をもたつかせて店内へと身体を放りこんだ。
午後二時過ぎ、最も太陽が高い位置にあるにも関わらず薄暗い店内は、内観に似つかわしくないシャンデリアの控えめな光によって足元とわずかに照らしている程度だ。成人男性が十人入れば狭く感じるほどの広がりの中に、座席と呼べるようなインテリアはない。足の長い丸テーブルがふたつに、五人掛けのバーカウンターがひとつ。二十年前に開店した当初から変わらぬ内観はミレニアムベイビーが高校入学の年を迎える年になっているというのに、どこか昭和モダンの空気を醸し出している。
花屋が体勢を整えて狭い店内に視線を向けると、バーカウンターの中にいる店主と思しき男がその物音に気づいてくすりと笑いながら彼に目配せをした。罰が悪そうに笑い返しては、カウンターの端に先客がひとり腰掛けていたので、花屋は手前の丸テーブルに歩を進めた。何を注文するでもなく、テーブルに肘杖をついてスマートフォンの電源を入れる。新着メールも、着信もない端末をてきとうに操作した。
少しすると、店主がカウンターからやってきて花屋にシャンパンに似た色のビールを差し出す。
彼自らも、バーであるにも関わらず缶ビールを片手に持って、花屋に声を掛けた。
「久々じゃないか。こんな時間から来るの。溜まってのかい?」
「まぁそんなとこです。あとマスター、実は小腹も空きまして」
「はは、そんなことだろうと思ったよ。あり合わせでいい?」
「助かります」
礼を言いながらも無表情の花屋にひとつ笑顔で頷いて、店主はカウンターへと戻っていく。花屋は再び端末を弄りながら、店主が軽食を運んできてくれるのを待った。
最初のコメントを投稿しよう!