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 花屋がこの店にはじめてやってきたのは田舎から上京してきて数日経った頃だった。先代が逝去する前、老いぼれた先代が花屋に伝授したのは花屋を営む上での技術や知識ではなく、二丁目のおもしろさだった。  ――二丁目は日本の縮図だ、とりわけ、僕たちのような嗜好の男にとってはね  二丁目のアスファルトに杖を付き、足腰を震わせながら掠れ消えゆきそうな言葉で先代は告げた。そして言葉の最後に、老人はLOTUSの場所を記したメモ書きを花屋の手のひらに収めて、当時九十歳とは思えないちからでぎゅっと握った。   ――ここは上質な店だ、マスターも、やってくる客もな  思い出したように、はっはっはっ! と吐き出された高笑いは二丁目の空に響かせて消えて行った。花屋が先代の姿を見たのは、それが最後だった。  店を受け継ぎ、数日してLOTUSに踏み入れた瞬間に、花屋はそこが健全なバーではないことをすぐに察した。それは花屋が物心ついたころからゲイであり、店内にいた男たちが同じ匂いを纏っていたことは去ることながら、店内で人目を気にすることなく盛りのついた男同士が舌を絡め合っていたのだから、考えるよりも明らかなことだった。  ――全く、あのスケベジジイは。  逝去した先代のあの高笑いが天から聞こえるような気がした。  しかし花屋がそんな場所を求めていたのもまた、事実だった。男に惹かれ、欲情し、そして一度は男に恋をして身体の深くで関係を持ってしまえば、ひとりで性欲処理をすることさえままならない身体になってしまった。  そんな自分にとって、このハッテン場にも似たバーは打って付けの場所だった。やってくる客の過去はどうあれ、目的は身体を繋げて欲を放つことだ。余計な干渉なく、後腐れのない一夜限りの関係を求め合う。そういう意味で先代が自分に「上質な店だ」と言ったと思えば、花屋はキリスト信者でないにも関わらず胸元で十字を切って鼻で笑い、先代に感謝したものだった。  
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