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 そろそろ切らなきゃなと思って指先で払い除けた手元に、頼んでいない酒のグラスが差し出されて首を傾げた。 「それとこれは、先ほどあそこに座られていたお客様からです。もうじき、戻ってきますよ」  マスターは愛想よく笑顔を向ける。背の低いグラスに淡水色のカクテルが、昔の映画で有名なハリウッド俳優が嗜んでいたマティーニであることは花屋の目にも一目瞭然だった。  濃度の高い酒は得意ではない。ぐらりと頭が揺れる感覚は嫌いではなかったが、どうにも翌日に残ってしまう。そう思ったがマスターに差し返すのも筋が違うと、花屋はひとつ頭を下げた。  店主が背を向けたあと、グラスに唇を付ける。  青臭い薬のような香りが鼻を抜けた。  それだけでアルコールが入っていくような感覚を覚えたが構わずにちいさなひとくちを流し込む。無意識に眉間に皺が寄る。ぎゅっと目を瞑って、予想通り大きな鐘が耳元で鳴らされたような刺激を堪える。子供舌の俺には微炭酸のビールかカシスのカクテルがお似合いだ。そう自嘲してから腕を枕に顔を埋め、強い刺激が身体から抜けていくのを待った。  後方の洗面所から勢いの良い流水音がする。そのあとすぐ、カチャリ、とドアノブが回される音が続いて人の気配が近づいてくる。席に戻るのだろうと思っていた男の気配が、すぐ後方で留まった。花屋は気だるい頭をなんとか横に向けて、腕を枕にしたまま男のほうへ視線を向けた。  飛び込んできた男の顔に心臓がおおきく跳ねたが、驚きが表情に出ることがなかったのは先刻くちにしたマティーニのせいだ。  男は煙草を口に咥えオイルライターでそれに火をつけながら、花屋の隣で足を止めた。 「ひとり? それとも誰かと待ち合わせ?」  丸テーブルに肘杖をついて男は問いた。   ワイシャツのボタンはふたつ開けられていて恥ずかしげもなくあらわになっている逞しい胸元。   花屋は視線を左手に落とす。暗がりにも輝いていると思ったシルバーリングは、その瞳に映らない。  もう一度視線をあげる。   見間違いなんかじゃないと確信する。
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