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「ああ、これも。チップ代わりにもらってちょうだい」
思い出したようにブランドバッグの内側から取り出した四センチ四方の薄いビニールに包まれた何かも、おなじポケットに差し入れた。
「あのっ、こんな大金――」
「諭吉以外は持ち歩かない主義なの。じゃあね、また来月、生きていたら」
花屋の言葉に聞く耳を持つことなく、女は花束を両の腕に抱えて背を向ける。
カツ、カツ、カツ。排気ガスの音と人々の笑い声に混ざって、ヒールの音は曇り空の天高くまで響く。風のように去っていった女の凛とした背中を見つめながら、花屋は小さく頭を下げた。
女の姿が見えなくなったあと、花屋は胸元のポケットに手指を伸ばす。くしゃ、とパッケージ
が擦れるちいさな音がする。女がそこに忍ばせたのは一枚の一万円札と――
「なんですかこれは」
花屋は思わず言葉を漏らすも、そこには感嘆の色も驚きの響きもない。
二本の指に挟まれて出てきたのは、試供品と書かれた避妊具。
――男同士でも付けなきゃダメよ
自分の素性を知っている女がそう言っているような気がしてから、花屋は最近すっかりご無沙汰であることを思い出す。
今日はポケットマネーを得ることもできたし、数人来店があったらシャッターを降ろしてバーに行こう。あそこに行くのも随分久々になってしまった。長いあいだ使っていない後ろは堅くなってしまっただろうから、がっついていない相手がいたらいいのだけど。痛いのは嫌いだ。
花屋は胸の内で呟きながら指先に挟んだ避妊具をズボンの後ろポケットにしまった。
忘れていた性欲を思い出してしまえば、途端に後孔が疼く。
ひとりでは性欲処理をできなくなった身体を、花屋は後悔などしていなかった。
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