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 普段他人の手の形など気にする性質でもなかったのに引き寄せられるようにその輝きを瞳に映しては、身体を起こした男の姿にはっと我に返り、改めて男の顔を見つめる。  ストライプの入った仕立てたばかりのスーツに、糊の効いたシャツの襟元。  男らしい輪郭に、逞しい胸板。一見同族のように見えたその容姿であったが、指に輝くリングの残像にその憶測はすぐに消し去られた。  ――家で待っている女がいるだろうにこんな時間に夜遊びか? って、あれ?   男が息を整えている合間に眉間に皺を寄せながら彼を見つめる花屋の瞳に、左の手首に纏われた革ベルトの時計が映る。それは花屋がしているものとおなじもので、数年前に数量限定で受注生産されたものであったから、確かに見覚えがあった。 ――ああ、なんだ。いつもは私服だから気がつかなかったな  スーツの男は毎週のようにこの店にやってきては、毎回必ずバラの花を一本、ピンクのリボンをつけてくれと注文してくる男だと思い出す。一本のバラで喜ぶホステスなどいないだろうから女への貢物だろうと憶測しては、ベタすぎるだろ、と胸の内で呟いていたものだったが、普段ならば客の背など見送らないというのに、彼ばかりはどうしても、その姿が見えなくなるまで見つめてしまう理由を、花屋はわからぬままに習慣となってしまっていた。   先刻映ったシルバーリングで、バラの行方に合点がいく。きっと今日もおなじ注文だろうと思い、店内のガラス戸にしまわれたバラを出してやろうとしたとき、男がようやく息を整えてくちを開いた。 「あ、これ」  花屋が振り返る。  微笑む男の視線の先には木目の箱に売れ残ったミニブーケがひとつ。男はブーケの片隅、かすみ草に隠れるようにして顔を出しているストローに似た棒に刺された親指大のくまのぬいぐるみを映してちいさく喉を鳴らした。 「このくま、花屋さんが選んだの? かっわいいなぁ」   花屋の頬がカッと赤くなる。   可愛いと告げられたのはくまのぬいぐるみだとわかっているのに、突然紡がれた言葉にどきりと鼓動が跳ねた自分が恥ずかしくて、顔は紅潮してわずかに身体が熱くなる。 「これにしようかな。くまもひとりで寂しそうだし?」  スーツの男はしゃがみこんで、ブーケを手にくしゃりと笑う。
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