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「お釣りはいいよ。無理やり引き止めちゃったし、ビールでも飲んで?」   差し出された左手に光るリングが否が応にも瞳に映って、胸の内で舌打ちをする。 「……はい、じゃあ。お言葉に甘えて」  うん、と男は満足そうに相槌を打ってから「本当に助かったよ」と告げて背を向けた。  この日も、スーツの男の背を見つめる。   身体がわずかな熱を灯す理由を、花屋は知っていた。 「馬鹿かよ、俺は」   ひとり呟き、脚立に飛び乗りシャッターを勢いよく降ろす。ガラガラガラ、その音を合図のように、ちいさな鈴の音が近づいてくる。その音の主を花屋は覚えていて、わざとシャッターと地面にわずかな隙間を開けた。  帰り支度を終えた花屋がちいさなパイプ椅子に座る。その足元に鈴の音の主が駆け寄り、にゃおん、と掠れた声で鳴いては花屋の足元に擦り寄った。  毛艶の悪い猫を抱き上げて、汚れた身体を気にすることなくその首元に顔を埋める。 「三毛さん」  花屋がずっと前から呼んでいるその野良猫の名前を紡いで、か細い声を吐き出した。「一目惚れなんて、する年じゃないだろ……」  自分のやるせなさに震える花屋を余所に、三毛猫はごろごろと喉を鳴らし続けた。
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