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*  そよ風が吹き、木々が擦れる。ひぐらしが鳴き、小鳥は羽を休めている。  静かな時のなかで、エンジンを切った車内、規則のただしい寝息が響く。  九条は自分のジャケットを腰元にかけてやった花屋の寝顔を見つめてから自らもシートを倒し、狭い車内、天井を見上げた。 「いい加減俺も、自分ばっか守ってちゃ罰があたるか」   寝息を立てる花屋でもなく、一本道の先に咲き誇る向日葵にでもなく、自分自身に向けてそう呟いてからこの日纏わぬシルバーリングに懺悔を吐き出すようにゆっくりと、ながい溜息をついて瞼を閉ざした。  コンコン、とどこかから音がして、眠りこけてしまいそうな意識が戻ってくる。  瞼を開いてその音の主を探していればもう一度、鳴らされた音は随分と近くから聞こえたことがわかる。音の出処を探るためにきょろきょろと見渡していた反対側、運転席の窓のほうへと勢いよく振り返ると、その場所を指の骨で叩いて音を立てた人物はびくりと大きく肩を揺らしてから、視線の合った九条にちいさく頭を下げた。  エンジンの切られていたランドクルーザーにキーを差し、スライドタイプの窓を開ける。   暗闇の中、瞳に映ったのは自分よりも若く見えるが隣で寝息を立てる花屋よりは幾分大人びて見える好青年。畑仕事の帰りなのか、軍手を嵌めた両手にはおおきな麻袋を抱えていて、頬や腕は泥に汚れている。  突然すみません、と告げた男につられて九条もちいさく頭を下げると、男の視線は自分から離れて助手席へと向けられた。しかしそれは戸惑っているような落ち着かない素振りで九条は首を傾げる。あまりにも自分が不審者めいているとハッとした男は、取り繕ってくちを開いた。 「あの、大丈夫ですか?」   男の言葉がなにを意図しているのかわからず、九条はへっ? と情けない言葉を漏らす。 「ああいえ、こんな辺鄙な場所に車なんてあまり通らないので……道に迷われたかと思いまして」「お気遣いありがとうございます。というか、こちらが不審車両みたいで紛らわしいことしてすみません」   そう言って九条は窓の外、男の真横に腕を伸ばして一本道のほうを指さした。
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