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* 「悪かったな、連れ回して」 古びれたアパートの前でエンジンを切ってようやく、花屋は目を覚ました。随分と長い間眠ってしまったせいか、それともひどく乱雑に抱かれたせいか、家を出た時よりも身体は重くなっている。 九条に向けられた穏やかな瞳にも、彼は笑わない。 「連れ回しついでに明日も待ってっから」 「……明日もですか」 瞼をこすりながら花屋は不服そうに答えた。それさえも可愛くて仕方がないとばかりに、九条は彼のぼさぼさになった頭をさらに乱すように撫で回す。 「そんなこと言いながらお前は来るから、また抱きたくなっちまうなぁ」 「ホント、変態ですよね。貴方って」 「お前に言われたくないけど?」   深くまで倒していた座席を起こして、シートベルトを外す。   好都合かもしれないな、と花屋は思う。くちで九条に勝てる気はしないが、「もう貴方とセックスはしません。飽きたんです。別の男をあたってください」そう言ってLOTUSから逃げてしまえばいい。 「わかりました、いつもくらいの時間になると思います」 「いやに素直だな」 「いつもです」   扉を開けて、車からひょいと飛び降りる。また転げてしまいそうになったのを、何とか堪えて九条のほうを振り返った。 「じゃ、明日な」 「……はい」   細道に入ってきたタクシーのクラクションに急かされて、九条は花屋を見送ることなくひらりと手を上げて姿を消した。  よろめきながら階段を登る。  シングルベッドに身体を投げ出して、枕に顔を埋める。  涙はもう、出なかった。  全ての情を欲と共に吐き出して、気怠い身体とは裏腹に、全てがはじまる前にリセットされたように心臓の音は清らかに鼓動の音を打ち鳴らしていた。 「大丈夫、……たいじょうぶ」  呪文の言葉を紡いでみても、鼓動の音が駆け足になることはない。  脳裏に焼きついて離れない向日葵畑と九条の輝く瞳だけが、鼓動を打ち鳴らす心臓に針で刺されているような痛みを与えたが、それさえも時が経てば過去になることだと思えるほどに、花屋の心は穏やかだった。   閉ざしていた蕾は一瞬にして美しい花を咲かせた。しかし花屋は自らの手でそれを摘み取ろうとしている。  枯れる寸前の花びらは、それまでのどの瞬間よりも美しい。
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