第2話 別行動(サルンの場合)

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

第2話 別行動(サルンの場合)

革の手袋に付いた土を払いながら、緑生い茂る庭に出た。剪定による人工樹形の生垣、アーチに這わせられた薔薇、レンガの敷き詰められた通路。立派な建物には立派な庭がセットでなければ可笑しいのだろうが、金の掛かった豪華な建築には不釣り合いの庭だった。庭が全体的に安っぽいと言うべきか、手を抜いていると言うべきか。どうにも違和感が拭えない。 待っていてもなかなか来ない二人へ視線を向ければ、よく見慣れた茶色の長身の男の姿も、やたら目立つ金髪の女の姿も消え、誰もいない通路が見えるだけだった。 「は?」 一瞬、先輩がまたアホな事――前回は物陰に隠れて驚かそうとしたり――でもしているのかと思ったが、どうやら違うようだ。 割った筈のガラスも無傷だったからだ。状況の把握の為、よくよく見ようと窓へ近寄った途端、視界が上から幕を下ろすかのように一気に切り替わる。目の前に広がる光景は森へ変わった。 結界に閉じ込められたか、移動系のトラップでも発動したのか、全く気配らしい気配がなかった。先輩がここにいたら鼻息荒く息巻いて叱咤激励でもして先輩風でも吹かせただろう。 背後へ視線をやれば先も見えない深い森の中。森の中に一人立っている。そんな状況に陥った。 「ったく、完璧はぐれたよ。ホント、あの人と関わるとロクな目に合わないな」 いつでも使えるように鞘をベルトに戻し、剣を抜いた。中剣の良く馴染んだ重さが手にかかると、ざわついた気持ちが次第に落ち着く。一人でも問題ない。そもそもあの世話好きの先輩がいない方が調子が良い。 左手を腰に下げたナイフに添えると、左足を下げ、中腰のまま右手の剣を下段に構える。どの方向へ走るか判断する為の構えだった。向こうがどんな状況か分からない以上、戦うよりも合流が優先だろう。 俺は神経を研ぎ澄まし、周囲の音を拾う。目では僅かな草木の変化も逃さないよう睨み付ける。 異常な程、何も音がしない。次に気づいたのは臭いだった。土の湿り気のある独特の胸が詰まるような臭いも緑の吐き気を催す事もある青臭い臭いも何もしない。 「そう言う事かよ!」 左手でナイフを素早く抜き、振り向き様に遠心力と手首のスナップを生かしてナイフを投げ放つ。森の中に無い筈のガラスの割れる音と金属のぶつかり合う音がした。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!