第3話 別行動

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第3話 別行動

手袋を叩いていたサルンが瞬きした瞬間、突然消えた。落とし穴にでも落ちたかと下を見ようと思ったが、額に強い衝撃が来る。 「ぐおぉ」 「先輩さん、大丈夫ですか?」 横から可愛い顔についたピンク色の唇が言葉に合わせて動く。思わず見入ってしまったが、あまりの近さに気づいて上体を僅かに反らした。 「大丈夫だ」 背を伸ばし、ガラスにぶつけた額をさすりながら答える。どうも女性との関わりが薄かったからか調子が狂う。周りは母親のような年が離れた女性か、小さい子供しかいなかった。年の近い女性と言う物はこうフワッとした物なのか。 それよりも状況が悪い方向へ動いた。庭に出た筈のサルンの姿が消え、割れた筈の窓が何事もなかったように綺麗な状態へ戻っている。何かしらの力が働いているのは間違いない。 考えられる状況は、近くにいる術者が力を使ったか、それとも建物に結界を敷いていてそれが働いたからか。後者なら術の中心を破壊すれば良い。前者なら……。 硬い物が触れる微かな音が天井から聞こえ、同時にアリサを背後に庇いながら剣を構える。 視線がそれを捉えた瞬間、体が硬直した。長い髪を垂らしながら天井に逆さまに張り付いている殆ど裸の美女。しかし、肌の色は灰色で、下半身は毒々しいツートンカラーの丸々とした胴体、その脇から生える硬そうな足。アラクネ成体だ。綺麗だった顔が次の瞬間には、口が横へ裂け鋭い牙がいくつも並ぶ恐ろしい姿へ変貌した。 「うわぁ!」 口から束になった白い糸が飛んで来たが、糸が来るよりも早くアリサの腕を取って下へ伏せたお陰で回避に成功した。転がるように走り出す。 アリサは放心したように引っ張られるまま走っている。床へ降り立ったアラクネとの距離が縮まって行く。 走っても走っても長い直線の廊下しかない事を思い出し、思わず舌打ちする。アリサは荒い息を吐き、上体がぐらぐらとブレてきている。もう直ぐ走れなくなるだろう。 本当は、いや、出来れば戦いたくはないが、死にたくなかったら覚悟を決めるしか無いと言い聞かせる。 「うおぉぉ!」 アリサの腕を離し、来た道を全力で引き返す。大きく開いた口の奥、喉から微かな白い物が見えた瞬間、床を強く蹴って飛び上がった。糸を吐き出そうとしたアラクネは標的を狙うために顔を上へ向けた。それが糸を放つタイミングを僅かばかり遅らせた。顔目掛けて剣を振り下ろす。
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