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燃えるような夕日が、果てしなく続く水平線を紅く染め上げていた。
遠く行き交う船の群れを眺めて、年老いた男が一人、砂を踏みしめるように浜辺を歩いていた。
静かに寄せては返す波音に、少し離れた波打ち際で遊ぶ子供達のさざめきが混じりその耳へと届く。
「………」
無邪気な子供達の笑顔に、男はその目を細めて微笑んだ。
涼やかな潮風が、その頬を撫でるように吹き抜けて行った時だった。
『…風が心地良いな』
「……っ」
ふいに、懐かしい声が聴こえた気がして、男ははっとしたように後ろを振り返った。
けれど…。
そこに人影はなく、穏やかな波が打ち寄せる砂浜だけが、ただどこまでも続いていた。
「………」
わずかに苦い表情を浮かべた男は、ゆっくりと夕日を仰ぎ見た。
紅い太陽が映り込んだその瞳に涙が滲む。
「…ああ。そうだな」
そう呟いて、男は柔らかな微笑みを浮かべた。
「それに、…夕日がとても綺麗だ」
もう居ない『彼』へと囁いたその言葉は、波音に溶けるように消えて行った。
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