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「触ったんですか」
僕の胸。
ばつの悪い顔が、ぎぎ、と油の切れた人形のような動きで振り向く。
別に、今更そんなことで怒りはしないのに、腹が立つのは。
「そんなこと、一言も言わなかったじゃないですか」
しまった、という後悔の顔に腹が立つ!
隠し通す気満々ってことじゃないか。
「す、すんません!いや、だってあの頃は」
「だって、なんですか」
「付き合い初めて間がなかったし、胸触ったなんて知られたら真琴さん絶対警戒するじゃないすか」
「それなら、後からでも言えばいいじゃないですか!」
「だって話蒸し返すのもって……すんません、悪気はなくって!あ、触ったというより抱きつかれた時に胸が、うにって、」
おろおろあわあわして言い訳する彼の目の前で、僕は顔が赤くなるのを感じながら陽介さんを睨んだ。
う、うにって。
うにってするくらいには、あるってことだろうか。
嬉しいような、恥ずかしいような。
「お前ら痴話喧嘩は奥でやれよー」
にやにや笑う佑さんを横目に、握られたままの手を振り払おうとブンブンしていたのだが、相変わらず離れない。
すっぽんみたいな奴だと歯噛みしていると、突然梶さんの矛先が僕にも向けられた。
「陽介くんが嫉妬深いのはわかってたけど、慎くんも案外独占欲が強いんだねぇ」
「は?」
「少しの隠し事も許せないくらい、彼のことはなんでも知っておきたいんだろう? もっとクールなタイプかと思っていたから意外だね」
「違う!僕はただ、こそこそ隠そうとするのが腹立つだけで、別に独占なんて」
なんでそうなるんだ!
気恥ずかしさからか、ぶわ、と汗が吹き出して身体が熱くなる。
握られた手が一層ぎゅうっと強く拘束されて、陽介さんを見ると今度は目をキラキラさせていた。
本当、コロコロ表情が変わる奴だ。
「真琴さん!すんません、俺もう二度と隠し事しませんから!」
「だから違うっつってんだろ!」
「あ、私が触ったのは胸ではないよ。けどあの掌に伝わる柔らかさは男とは思えなかったからねえ」
「今すぐその掌の記憶を消せオッサン!!!!」
くわっ!
と牙を向く陽介さんを見て、梶さんと佑さんがまた爆笑する。
結局はオヤジ二人に僕ら二人がただからかわれただけのような、そんな夜。
握られた手の中で、陽介さんの指が甘えるように僕の掌を撫でていた。
END。
次、アカリちゃん。
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