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「なんで、ですか」
「言うまで今日は帰らないから」
「えぇぇ……」
困ったな。
アカリちゃんがこういうキャラだったとは驚きだ。
それにしても可愛い子は何しても可愛いんだな。
しかしいくら可愛くても、僕はもう開店準備を済ませなければいけないのだ。
カウンターの上を整えながら、アカリちゃんに返す言葉を探す。
探すも何も、一つしかないのだけど。
「それは、勿論……すっ、すき、だから」
って。
本人に言うのも気恥ずかしいのになんで第三者に言わなければいけないのか。
どっと汗を掻きながらも漸う口にしたというのに。
「わかんない人ね! だから、なんで陽介くんを好きなのか聞いてんのよ!」
「ええっ」
お気に召さなかったらしい。
低いところからキッと睨まれて、その迫力につい後ずさってしまう。
なんで、どこを。
彼の何を好きか、ということか。
僕はなんで彼女にこんな、羞恥心に耐える試練を与えられているんだろう。
「何よ。言えないの?」
「……えっ、と」
彼女は一歩も引く気はない様子で、僕は観念するしかなかった。
だけど、好きなとこって。
まるっと大雑把に纏めると、優しいとことか、まっすぐなとことか。
しかし、大事なのはそういうことじゃない。
「あんなとこが好き、とか。こんなとこがめんどくさい、とか。言い出したら結構、たくさんあるんです。色々」
照れ隠しに、ダスターを流しで絞ってカウンターを拭く。
こういうことを、主張するのはすごく、照れくさい、けど。
「だけど多分、僕には彼が、ちょうどよいんだと、思います」
「……何それ」
「彼がまっすぐ気持ちを向けてくれるから、僕も向けられる。行き過ぎるくらいの感情表現も、だから僕も返さないとと思える。
人によっては鬱陶しいと思われるかもしれないところも、僕にはちょうどよい。
逆に他の人が相手なら、きっと僕は言葉を紡げない」
きっと彼じゃなければ、僕の殻は皹の一つも入らなかった。
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