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「あ、陽介さん」
「すんません、お待たせしました真琴さん! 荷物、乗りましたよ」
「こちらこそ、すみません。運ぶの任せてしまって」
真琴が陽介に気づいて振り向いた途端、コロッと表情を変えやがる。
大した番犬だよ。
引っ越し祝いは『猛犬注意』のプレートにしてやる。
玄関じゃなく名札みたいに胸に引っさげとけ。
「じゃあね、佑さん」
「おう」
散々人を感傷的な気分にさせといて、離れて行くときはあっさりとしたもんだ。
小走りで扉付近に立つ陽介に近づくと、もう一度だけ振り向いて手を振り、店の外へと姿を消した。
一瞬陽介と視線を交わしたその横顔は、それはそれは嬉しそうな、はにかむような笑顔だった。
途端に、さっきは堪えたものが喉の奥から再び込み上げる。
「佑さん」
「おー。お前もはよ行け。荷物解いたりすることは山ほどあんだろ」
まだ残っていた陽介を、追っ払うように片手を振る。
さっさと行けばいいものを、陽介はビシッと姿勢を正したかと思うと、腰を90度に曲げ深々と頭を下げた。
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