第3章

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「秋月!」 玄関の引き戸を叩きつけるようにして、走りこんできたのは葛見だった。居間に飛び込んできて、秋月の様子を一目見るなり太い眉をぎゅっと寄せる。 「葛見さ……」 ずかずかと入ってくると、夏目を押しのけて秋月の前に屈みこんだ。ゆっくりと瞬きをした秋月が、壁に凭れたまま葛見を見上げる。葛見の目が眇められた。 「―――っ!」 葛見の腕がさっと引かれて、秋月の鳩尾に拳が入った。当身を受けた秋月が、声もなく葛見の腕の中に崩れ落ちる。 「……なにを!」 膝立ちのまま掴みかかろうとする夏目を、葛見が片手で軽く払いのけた。 「とりあえず眠らせておくのが一番だ。この様子だと何か薬を打たれたんだろう?」 軽く夏目をいなすと、膝裏に潜らせた腕で秋月を抱き上げる。 「さっさと布団を敷け」 「あっ……はい」 顎で指図されて、夏目が慌てて立ち上がった。 奥の客間に敷いた布団に秋月を横たわらせて。脇に座った葛見が脈を取る部屋を、夏目はそっと出た。廊下を辿って台所へと向かう。流しの前に立つと蛇口を捻った。迸った冷たい水を頭から被って、夏目がぶるっと大きく頭を振った。 ―――身体が、まだ熱い。 腕には、まだ秋月の身体の感触が残っている。生々しい、くちづけの記憶も。 あんな事をしてしまっては、いけなかったのに―――なのに。 「……秋月さん」 夏目の指が、流しの縁を掴んだ。 「夏目」 後ろから声をかけられて、はっと振り向く。腕を組んだ葛見が台所の入り口の柱に凭れていた。夏目が前髪から落ちる雫を手の甲で拭う。 「……秋月さん、は?」 僅かに視線を落として、夏目が訊ねた。 「眠ってる。目が覚めてもまだクスリが残ってるようなら、もう一回当身でもくらわせとけ」 「……そんな、乱暴な!」 あっさりと言われた言葉に顔を上げた夏目が、葛見とぶつかった視線をまた逸らす。葛見が咥え煙草に火をつけた。 「苦しい思いをさせるよりましだろうが」 返す言葉を失って、夏目が額に残る水滴を袖口で拭う。
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