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「あれ……おかしいなぁ」
札所(ふだしょ)巡(めぐる)は原付バイクを停め首を傾げた。
セミの声山々に降り注ぐ七月下旬。
灼熱の太陽は容赦なく彼と彼の運ぶピザの箱を照り付けて、いくら保温容器に入っているとはいえ、長時間の運搬をためらわせる。
しかし、注文主へ届けられるのはまだ先になりそうだった。オペレーターから指示された“三根(みね)山中腹蘆(あし)滝(たき)駅からすぐ近くの川原にいる七~八人の大学生グループ”が見当たらない。
夏休み中のこととて川原には多くの人がいるが、どれも小中学生のいる親子連れか釣り糸を垂れた中年男ばかり。
ごろごろと岩の転がる川原に、巡の期待する水着姿の若い女性たちはおらず、若い男性の姿もなかった。
「下流かな?」
方向転換してしばらく下って探してみたが、やはりいない。このままでは届けると予告した時間に間に合わなくなってしまう。巡は慌てて地図を広げた。駅の名前を確認する。
父(とと)冨(ふ)駅、足立(あだち)駅、猪口瀬(ちょこぜ)駅、蘆滝駅……。
近辺に蘆滝と似通った地名はない。観光客には見慣れない地名だからとて、読み間違えるような地名でもないはずだ。
「どこだ……?」
巡は諦めきれず、なおも探し回った。巨大な岩の影、橋のたもと、向こう岸の巨木の裏まで。しかし制服の表裏にぐっしょりと汗をかき、ヘルメットの中が蒸されて熱中症になりそうになっても、目指す“大学生グループ”は見つからなかった。
「どこだよぅ……」
高校時代、ちょっぴりグレていて教師から“『札つき』の札所”と呼ばれていた巡にとうとう泣きが入ったとき、携帯電話にオペレーターから連絡が入った。
「バカ野郎! 何もたもたやってる! 届かないからもういいって客から電話入ったぞ!」
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