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「本当、ひどい目に遭いましたよ」
翌日、巡はもう一つのバイト先である『AIAI』にて冷茶を啜っていた。
『AIAI』は駅前ビル二階の恵まれた立地だが、ビルが古いのと事務所が狭いのとで客はなかなかやってこない。今日も二脚あるソファには巡しか座っていない。
『AIAI』は探偵事務所である。しかし普段、事件という事件もろくに起きない埼玉の田舎・父冨のこと、探偵事務所だけでは全く生計が立たない。結果、あくまでも探偵事務所でありたい所長・草鞋(わらじ)勝也に事務方の釈(しゃく)氏(し)奈津子が勝利して便利屋家業も始めることとなった。モットーは『おばあちゃんちの電球交換から犬の散歩、墓場掃除まで』。別におばあちゃんちにこだわる必要はないのだが、このコピーが功を奏して年配の女性からの支持があったのは事実である。こうして所長以下一名のみだった探偵事務所にアルバイトを雇う余裕が発生した。これにうまい具合に付け込んだのが巡で、得意の原付バイクで父冨周辺を駆け巡っている。本業であるはずの大学にいつ通っているのかは誰も知らない。本人も。
「やぁねぇ、いたずらかしら」
甘さで鑑定するならハチミツとカルピスの原液とオリゴ糖を1:1:1で混ぜたくらい、と評価できる声で奈津子が言った。彼女はソファ近くの事務机に座って帳簿を確認していた。
はちきれんばかりのダイナマイトボディをワイシャツと黒のタイトスカートに包んでいる。本来なら地味なはずのモノトーンの服装が、彼女が着ると途端に淫猥な印象になるのは、長所なのか短所なのか。化粧バッチリの顔は見事なうりざね顔で、そこだけは日本人らしかった。
「普段の行いが悪いからじゃないか」
奥にある事務机に座って草鞋が腕を組んだ。
痩せぎすで背が高く、耳がでかくてぎょろ目。顔だけ見ればサルのアイアイに似ている。
法人名『AIAI』の由来はそれだ、と本人は言い張っているが、『草鞋探偵事務所』では電話帳のページが最後尾になってしまうから、五十音順の若い『AIAI』にしたのだ、と巡は踏んでいる。なかなか計算高いのだ。けち臭いともいう。
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