事件

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「普段の行いって、この勤労学生を前にしてなんてこと言うんですか、所長」 「勤労学生なら真面目に大学に通いたまえ。この春からこっち、君から大学の話題を聞いたことがない」 「そんな、学歴コンプレックスの根深い所長に配慮してあげているんですよ」 「安心したまえ、君の通う大学の話題程度では私は何の痛痒も感じない」 「といいつつ、また資格試験の問題集が増えていますよね」 「ふむ、資格はいいぞ。『メンタルヘルス・マネジメント検定II種』、『信州観光文化検定四級』、『ビジネス心理検定初級』……。知識を脳に入力することは世界が広がることと同義だ。君には『日本語検定二級』をお勧めする。もう少しましな日本語が使えるようになるだろう」 「所長こそ文脈読解検定の試験勉強でもしたらどうですか」 「ふむ、また君はいい加減な資格をねつ造したな? そのような資格は聞いたことがない」 「あ、札所くん、お茶のお替りどう? 母さんから味噌ポテ堂の水まんじゅうを貰ったのよ」  不毛な男二人の口喧嘩を奈津子は止めた。声は甘く味覚も甘いこの事務員には、しっかり者の一面もあるのだった。
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