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水まんじゅうで甘くなった口を冷茶ですすぐと、男二人の気分もだいぶ和んできた。
「それにしても奇妙な出来事だな、注文はあれど受取人は見えず、か。まるで幽霊だな」
「やめてくださいよ、所長。真昼間から」
巡が自分の両肩を抱く。
「あるいは、酔っ払いがタクシーを呼んで、乗らずに一人で帰ったパターン……?」
「そのパターンだと、怒って店にまた電話はしないんじゃないでしょうか」
奈津子が冷静に指摘する。
「ふむ、となると、やはり札所くんが見逃したか」
「だーかーら、それはありえませんって! 僕は駅の周りにいるグループはみぃんな覗いて回ったんですから! そりゃもう、小学生女子に冷たい目で見られるほどに!」
「……通報されなくてよかったな、君のために」
「……通報されなくてよかったです、うち(AIAI)のために」
所長と事務員はそれぞれ神に感謝した。
「とっ、とにかく、僕が見逃したってのはないですよ、神に誓って、ありえません」
巡は断言する。
「しかし、君はよくものを見逃すからなぁ……」
草鞋は意味ありげに壁にかかったカレンダーを見た。
「何です?」
巡が片眉を上げると、所長の節くれだった人差し指がカレンダーのある一週間を指し示す。
「この期間、私は君に足立のオートキャンプ場の管理人代理を頼んだのに、君は見事にすっぽかした。おかげで私が足をねん挫した管理人の代理をやることになった」
「うっ」
「そういえば、橋立(はしだて)さんちの猫のカプチーノ探しも頼んだのに、一向に探している様子がありませんね」
「ううっ」
「さらに言えば、君が先日私にくれたピザのクーポン券は期限切れだった。おかげで三十パーセント割引のところが十パーセント割引になってしまった」
「……どっちにしろ割り引かせたんですか、所長」
「今はそのことについて話していない!」
「ひゃあぁっ!」
交互に二人から責められて、昨日に引き続き巡は内心泣きそうになった。
だが、昨日はピザを届けられなかったという過失があったが、今日のこれは特に過失はない(はずだ)。
なのになぜ、過ぎたことでこんなに責められなければいけないのか。
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