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「戻らなきゃね」
声が漏れ聞こえたらしい咲哉がそっと顔を上げて、イタズラがバレた子供のようにはにかんで笑うから。
「──いいの? 戻って」
「ぇ? だって、みんな探して……」
「ふぅん、いいんだ」
「ぇ? なに? なんで拗ねてんの?」
「咲哉はオレと、お祭り見たくない?」
「なに言って……」
「オレと、二人で」
「ふたりで……」
「見たくない?」
「……………………なにそれ……」
ずるい聞き方、と口をとがらせた咲哉の、その唇に唇でちょんと触れた後。
『ちょっと隼人! 聞いてんのー!?』
「聞いてる聞いてる」
『咲哉くん行方不明だってば!!』
「大丈夫。アイツ、下駄で足痛くなったって言うから、オレが送ってった」
『……なんだ。良かった。……って、抜けんなら誰かに言っときなよね、ホントに! 心配すんじゃん!』
「ごめんて。……てか、柏木もいないんでしょ? なんで咲哉のことばっかそんな心配すんのよ」
『…………だって柏木、咲哉くんのこと目の敵にしてたじゃん。もしかして咲哉くんのことボコってたらどうしよって、思っちゃって』
「あぁ……なるほど」
そっと呟いて思い出すのは、咲哉を連れ戻す向こうにいた、唇を噛んで何かを堪える顔をして俯く柏木の姿だ。
あの後、さすがに戻れなかったのだろう。
柏木の名前にぎくりと跳ねた咲哉の肩を、そっと撫でてやってから。
「……まぁ、そういうことだし、オレももうこのまま帰っから」
『ホントにもう。みんなで写真撮ろうと思ってたのに』
「悪い悪い。また今度な」
『絶対だからね! 咲哉くんの浴衣姿、みんな写真撮りたがってたんだからね!』
「はいはい。じゃあな。真っ直ぐ帰れよ」
『おとーさんか!』
きゃははと笑った声の後に、ふつりと途絶えた通話。
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