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そんな風に呑気に呟く咲哉の顔は、痛そうに歪んでいる。
優しい咲哉のことだから、きっと柏木の話を----告白だったなら余計に、ちゃんと聞いてやらなかったことに心を痛めたりしてるんだろう。
「咲哉」
「うん?」
「柏木はね、たぶんもっと複雑だと思うよ」
「複雑?」
キョトンと首を傾げる可愛さに、頭を撫でてやりながら。
あの時に見え隠れしていた、柏木の憎悪にも似た欲情を思い出す。
あのままオレが気付かずにいたら、本当に。今目の前で素直に頭を撫でられている咲哉は、きっと心も体も傷付いていたに違いない。
柏木は、それほどまでに危うい空気を醸し出していた。
あんなにもアッサリ引き下がったことが、今でも不思議なくらいだ。
「柏木のことは、いったん忘れよ。ホントはどうしたかったのかなんて、柏木に聞かなきゃ分かんないんだし」
「そう、だけど……」
「とはいえ、しばらくは柏木と二人っきりにならないでね、心配だから」
「……うん」
「約束だからね」
念押ししてから、頷いてくれた咲哉の頭をわしわしと撫でて。
「よし。じゃ、行こっか」
ほい、と。
頭を撫でていた手を、咲哉の前に差し出す。
「…………隼人?」
「お祭り、終わっちゃうよ?」
手のひらをヒラヒラさせたら、ようやく意図に気付いたらしい咲哉が、また可愛く顔を真っ赤にする。
「……でもっ」
「だいじょーぶ。人混みだから、はぐれたら困るし。誰も見てないよ」
ほら早く。
ヒラヒラ振る手とオレの顔とを見比べていた咲哉が、じっとオレの目を見つめたまま、おずおずとオレの手を取って。
そっと握ってくれる。
自然と上がった唇の端。それに気付いた咲哉も、花が綻ぶみたいに笑ってくれるから。
「行こう」
咲哉の手のひらをぎゅっと握り返して、祭り会場へ歩き出す。
こんなにも幸せで、満ち足りた気持ちになったのは初めてで。咲哉も同じ気持ちならいいと、祈るように願いながら。
咲哉の見せる柔らかな表情が、咲哉も同じ想いでいることを教えてくれた。
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