価値ある地への近道は

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日が経つのは早いもので、ウェイン邸へ転がり込んでから十回、日が昇って沈むのを見てきた。要は、今日で十一日目である。 回りくどい表現をしたのには一応事情があった。ウェイン邸のある町、ケントに入った時にも感じたことだが、時間の概念が少しばかり違うのである。 まず、一日の時間は前の世界よりも長い。スマホのストップウォッチ機能とこちらの世界の時計を比べた結果、そもそも時間を数える最低単位(現世界でいう秒)の長さも違うようだったから、うまく説明するのは難しいが。ちなみに、こちらの世界の時間の最低単位は一秒半ほどの長さだと感じられた。 ともあれ、この秒の長さの違いを考慮しないのであれば、こちらの世界の一分はおよそ五十二秒。一時間が五十二分。二十六時間をもって一日となっている。 そんなわけで、既に二百六十もの時間を過ごしていた。にもかかわらず。 「言葉の勉強むずい……」 この世界の勉強がまるで捗っておらず、あてがわれた部屋の机に突っ伏していた。体の下敷きになっているハスクさんの買ってきてくれた辞書は様々な位置に折り目がついており、我ながら努力の跡が見て取れた。 言語の習得をなめていた。まず前提として、こちらでは全世界で同じ言語が使われているというのがあまりにも大きい。教本のようなものが一切存在しないのだ。文法や文型なんかはディーンに逐一教えてもらうしかない。 単語だって英単語を覚えるのとは訳が違った。日本語での説明がない以上は、一つの単語の意味を知るのに何度も何度も辞書をめくる必要がある。 例えば、空という単語を調べるとしたら。 まず『空』を引く。するとこちらの言語で、地上から見上げた時に頭上に広がる空間、と出る。そうしたら今度は『地上』『見上げる』『頭上』等々を調べなければいけないわけである。 苦行にもほどがあった。 昔の日本人は一体どうやって英語を学んだんだろうか。 「まあ、ある程度基本の単語を簡単に学べる優れものもあったけど……」 椅子に座りながら、少し離れた本棚に手を伸ばす。引き抜いたのは、厚い装丁、大判の割には薄っぺらい本。 「……ハイネちゃんには感謝しないとな」 絵本である。自分が言葉を習得する以前のことなんて覚えているはずもないが、もしかしたら日本語を覚える時もこんな風に絵本を参考にしていたのかもしれない。
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