価値ある地への近道は

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本棚には絵本が十数冊綺麗に並んでいる。 元々は小難しそうな分厚めの本しかなかったのだが、四日前、ぐらいだったか。風呂から上がって部屋に戻ると、カラフルでファンシーな本が棚の下の方の段に並んでいた。部屋を空けている隙に、ハイネちゃんが自室にあった絵本を勉強の足しになれば、と置いていってくれたらしい。 のちにディーンから事情を聞いた時は感動したものだ。 絵本は子供でもわかるように簡易かつ基本となる文法のみしか使われておらず、さらに単語とそれに対応するカラーの挿絵が同時に載っているため、非常にわかりやすかった。物語があるため、楽しみながら読めるのも大きい。 「問題は複雑なところとか発音とかなんだよなあ……」 複雑な文や難解な単語は教えるのに慣れているはずもないディーンから教わるか、辞書を引きまくるしかないし、発音もそうだ。発音記号だってこちらには存在していない。 「ーーーーーーーー、うるさいよ。わからないところーーーーーーー?」 背後から呆れたような声が飛んできた。 ベッドに寝そべって小説を読んでいるディーンからだ。 「……何言ってるかわからん」 必死に勉強して真っ先に覚えた、こちらの世界の言葉のフレーズを返した。俺が最もよく使うこちらの世界の言葉は『こんにちは』『ありがとう』『何を言っているのか理解できない』の三つだ。 ディーンはため息を一つこぼすと、読んでいた本にしおりを挟んで体を起こした。頭に声が響く。 『独り言がうるさいって言ったんだ。わからないところでもあるの?』 「ああ、すまん。ただの愚痴だ」 『また?君は定期的に弱音を吐くね』 「愚痴ぐらい許してくれよ……」 言葉に含まれる棘が微妙に痛い。 立場を逆にして考えれば、わけのわからん言葉で愚痴をこぼす男の世話係なんて嫌に決まっているから、気持ちは理解できるんだが。 ディーンには、基本的には翻訳のための魔法を使わないよう頼んでいる。 理由は当然、できる限り早くこちらの言葉に馴染むためだ。それと、一応ディーンの負担を減らしたい、という考えもある。 彼はずっと平気な顔で魔法を使っているが、使用したままそれを維持し続けるのは実は相当に高度なことらしい。 勉強を始めて間もなく、その難易度に負けて、ずっと魔法つけっぱなしにしてくれ、と冗談混じりに頼んだ時に無表情で淡々と説明されたのだった。
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