価値ある地への近道は

5/23
16人が本棚に入れています
本棚に追加
/98ページ
全員が食卓に着くと、ハイネちゃんの号令で食事が始まるのが通例だ。ハスクさんがいる時は役割が代わるが、あの人は今日も不在だった。 「……では、いただきます」 いただきます、と後に続く。小学校の頃の給食を思い出すようで、少し恥ずかしい。もちろんそんなことは口が裂けても言えないが。 今日のメニューはパンにスープ、サラダ、白身魚のソテー。こちらの世界の食材への知識はまるでないので、詳しい描写はできないが、元の世界の料理と異なるところはあまり見当たらない。 そういえば、以前は食事というと億劫な気持ちになっていた。見た目からは読めない苦味が口に広がるからだったが、今食べている料理にはそれはない。 あの謎の苦味は、この国、ウルムで広く普及しているビテルコットという調味料が原因だったそうだ。 ウェイン邸での二度目の食事の際に、口に合っていないようですね、とリクスさんから指摘されたのが、それを知ったきっかけである。表情に出したつもりはなかったのだが、見破られてしまった。 実はこの苦さが正直好きじゃない、と答えると、そうですか、と席を立って調理場の方へ引っ込んでしまった。 その時はマズイことをしたかと気を揉んでいたのだが、次に出てきたリクスさんは作り直した料理と緑色の瓶を持っていた。 食べてみてください、と差し出された新しい料理は、それはもう美味しかった。 そのことを伝えると、それはよかった、と少しだけ顔をほころばせると、持ってきた緑の瓶について説明してくれた。 曰く、ビテルコットはウルム全域で日常的に使われる調味料であり、健康食品でもある。そして、ビテルコットが使われている料理はウルム料理と称され、この国で出される料理に使われていないことはまれであるとのこと。 そんな経緯があって、今俺に出される料理にはビテルコットが少量しか入っていない。少し入っているのは、ちょっとずつでも慣らしていかないとここで生活するのに不便だから、らしい。 手間をかけさせてしまうのが申し訳ないから、と分けて料理するなんてことまでしてくれなくていいと伝えたのだが、まずそうに食べられる方が嫌だ、と一蹴された。 と、こんな事情があって、今俺は美味しい食事がとれている。食文化の違いに触れるのは初めてだったが、こんなに差があるのか、と驚いた。子供であるハイネちゃんでも美味しそうにウルム料理を食べている。
/98ページ

最初のコメントを投稿しよう!