価値ある地への近道は

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『あ、そうだ』 食事が終盤に差し掛かったあたりで、ディーンが抜けた声を出した。俺も聞いておいた方がいい会話の時、ディーンは何も言わなくても翻訳してくれた。 『僕、今日は夕飯結構です。仕事の都合で少し出ないといけないので』 『あら、そうですか。遅くなるのですか?』 『どうでしょう。日付が変わる前には帰れると思うんですけど』 また連絡します、と言うとディーンはパンを口に放り込んだ。 『連絡するのはいいけどさ、ちゃんと通信機使ってよ?』 リジーさんが口を挟む。 『いきなり頭の中に思念飛ばされるとびっくりするんだから』 スプーンを口に運びながら、リジーさんはそう言ってディーンを横目でじろっと見た。 ディーンは申し訳ない、と苦笑いで頭を掻いている。どうやら以前にもしたことがあるらしい。 『通信機を使うよりも手っ取り早くて楽なんで、つい』 『気持ちはわかりますが、控えた方が無難ですね』 リクスさんの言葉に、ハイネちゃんがこくこく、と小刻みに頷いた。 俺の言葉は全部魔法で伝わっている。みんな好きな感覚ではないようだから、早く言語を習得しないとな、とは思うのだが、思うほど簡単には進まない。その現状がなんとももどかしかった。 食事を終えると、ディーンはすぐに屋敷を出て行った。迎えに来た馬車に乗って去って行く姿を自室の窓から見送る。 机の引き出しから紙製のノートを取り出し、机に広げる。ディーンに協力してもらいながら作った自家製の文法メモだ。向こうで使っていた大学ノートよりもひと回りほど小さいページではあるが、二十ページほどにわたって説明してもらった文法を書き込んである。こちらの文字とそれに対応する発音などは一番後ろのページにまとめてあった。 「……やるか」 ここ数日は全く同じ毎日を過ごしていた。食事と風呂と就寝の時間以外はほぼずっと机に向かっている。 元の世界でも同じような毎日だったな、とふと思った。学校に行く、という手順があることと、勉強している内容以外は、本当に代わり映えしない。異世界に来たというのに、と考えると、少し不思議な気分になった。 どうせ変わりもしない毎日なら、向こうで友達とどうでもいいこと喋って、親に小言言われて。そんな、当たり前の日常の方が、よっぽどーー。 頭を振った。 こういうことを考え出すと、頭に何も入ってこなくなる。
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