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風呂から上がったあとも、部屋で手持ち無沙汰に過ごしていたが、喉の渇きを感じて食堂に下りた。冷蔵庫にあるもののうち、飲料については基本的に自由に飲むことを許されている。食材の方は、献立の計画が狂うから触るなというお達しである。
冷やしてあったガラスのような質感の素材でできたポットを取り出し、水をグラスに注いだ。どこが違うのかと問われると返答に困るが、こちらの世界の水の方がおいしく感じる。一息に飲み干し、グラスをテーブルに置いた。誰もいない広々とした食堂に、かつん、と乾いた音が響く。
ふと時計を見上げると、時間はもうすぐ日付も変わる二十六時前だった。日付の変わらないうちに帰ってくる、と言っていたディーンはまだ戻ってきていない。仕事が長引いているのかもしれない。どんな仕事をしているのかも知らないが。
噂をすれば影が差す、といったところか。そんなことを考えていると、玄関から物音が聞こえてきた。
食堂を出ると、思った通り、ディーンが玄関に腰掛けていた。ブーツの紐をほどいている。
「おかえり」
この世界の言葉で後ろから声をかけると、ディーンが肩越しに振り向いた。
『ああ、君か。ただいま』
魔法を使ってくれたようなので、安心して日本語で話しかける。
「随分遅かったな。仕事、長引いたのか?」
『まあ、ちょっとね。本当はもっと早くに帰る予定だったんだけど』
言葉尻がいつもより尖っている気がする。靴をいじる手つきもどことなく荒っぽい。
「機嫌悪そうだな」
『良くはないね。ちょっと苛ついてる』
ディーンはスリッパに履き替えると室内に上がった。
『風呂上がりかい?』
「いや、もうしばらく経つよ。勉強してたんだけど、喉渇いたから」
『そう。僕はいなかったけど、捗ったかい?』
一瞬言葉に詰まった。今日の成果なんてまるでなかった。どう返事したものか、と少し逡巡する。
「……正直、あんまり進んでない。色んなこと考えると、手につかないんだよ」
言った途端呆れたような顔になったディーンに、慌てて言い訳をする。前の世界のみんなが気になる、だとか、ディーンがいればとりあえずは会話できるから、だとか。
「いや、もちろん早く喋れるようになりたいとは思ってるんだけどさ……」
『君さ』
続けようとした言い訳は、ディーンに遮られた。二人の足がぴたりと階段前で止まる。
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