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『甘いんじゃないの?』
射抜くような視線が俺を貫いた。冷ややかな瞳がこちらをじっと見ている。
呆れた時なんかとは違う、明確な不快感が見えたようだった。
『君の立場や状況に、同情はしているよ。もちろんね。僕が君のような目にあったら、なんて想像もつかないけど、もしそうなったらそれはきっと辛いだろう』
ディーンは言葉を続ける。
『でも、君は不幸の中でとびきりの幸運に出会った。ハスク・ウェインという稀に見るお人好しに拾われ、何不自由なく日々を暮らしているよね。違うかい?』
「それは……」
『君の世界ではどうだったかなんて知らないけど』
立て続けに紡がれる言葉は、反論を許さなかった。
『この世界じゃ日々の暮らしすらままならない人も多くはないけどいるよ。君はそうじゃないよね?今も質のいい服を着ているみたいだけど、どうやって手に入れたんだい?』
引き取られてからは、用意してもらった現地の服をずっと着ている。言われたように、質はいいのだろう。普通のTシャツとズボンだが、肌ざわりがいい。
『食事も、いつもいいものを食べてるだろう。今日も夕食はおいしかったんじゃないの?』
何も言い返さない俺に、ディーンは目を逸らしてため息をついた。
『君は当たり前のようにそれらを享受しているけれど、必死に働いてもそれらを得られない人たちがいることはわかってるのかい。何もせずとも君の手のひらに入ってくるものに、必死に手を伸ばしても指先すら届かない人だっているんだよ』
再び、冷たい視線が俺の眼を射抜いた。
『君はもう、一人立ちして生きるべき立派な大人じゃないのかい。それなのに、与えられるものに甘えて、働くこともしないで、すべきことすらやらない、なんてさ』
ディーンの眉間にシワが寄った。
『どういう了見なんだい?』
眼を逸らしたかった。だけど、逸らせなかった。逸らしてはいけない、なんて思ったわけではない。
ただ、初めてぶつけられたディーンの本音に当てられ、体が動かなかっただけだ。
思っていたことを全てぶつけたのか、ディーンはくるりと振り返って階段を上っていく。
『僕は風呂をいただくよ。君はさっさと寝るんだね』
平常どおりの語気に戻ったそんな言葉にも返事はできず、その姿が彼の自室に消えるまでは、その場でただ立ち尽くしていた。
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