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いつもよりも軽快に進む目に待ったをかけるように、ドアが二度ノックされた。向こう側から朝食の支度ができたことを伝える声が聞こえる。正直な話、口調がわからない今、声だけではリクスさんとリジーさんの区別は難しいので、どちらが来ているのかはわからなかった。
すぐに行きます、と辞書を確認しながら返答した。どこをやっていたかがわかるように、ページに折り目をつけて勉強道具をしまった。
朝食はいつも通り、つつがなく進む。
俺の右隣の席が空席だったこと以外は。
外出していない時で、ディーンが顔を出さなかったことは今までにない。一緒にテーブルを囲むのも嫌ということか、と内心結構なショックを受けた。
マイナスな気持ちというのは連鎖するらしく。手紙は読んでくれただろうか、寝起きだったら気づかずに捨てることもあり得るよな、なんて考えも頭をよぎった。
手紙の末尾には紙面での返事が欲しいということも記していた。ディーンの仲介なしでは口頭で意思疎通を図るのは難しいからである。
それゆえ、食事の場で何かアクションを起こされることは考えていなかったが、あまりにもハスクさんの様子が普段どおり過ぎたのだ。
朝食を終えると、みんな思い思いの行動を起こし出す。メイドの二人は家事へ。ハイネちゃんは大体自室へ戻る。ハスクさんは特に仕事がない時なら、庭の隅にある馬小屋へ愛馬の世話をしに向かう。
今日のハスクさんはというと、こちらに特に目をくれることもなく、まっすぐに庭へと向かっていった。
本当に捨てられたんじゃないか、という思考を頭から追いやる。馬の世話をしたあとに返事をくれるはず。いやもしかしたらもう自分の部屋に返答がきてるかもしれない。ポジティブに考えよう。
『ちょっと待ちなさい』
いきなり聞こえてきた脳内に響く日本語に、身体が思い切りびくついた。階段を上ろうとして踏み出した足を戻し、慌てて振り向く。
「リクスさん……?」
そこにいたのは黒髪のメイドだった。辺りを見渡すが、ディーンの姿はない。
『直截にたずねますが』
リクスさんは、メイド服の白いエプロンについているポケットから、折りたたまれた紙を取り出し俺の目の前で広げた。
『これを書いたのは、あなたですね?』
突きつけられた紙の上には、いびつな文字と多数の訂正のあと。
間違いなく、ハスクさんに宛てた俺の手紙だった。
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