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私は思わず身を小さくした。
ここで待っていることを知られるのは恥ずかしい。
一日、この辺りをうろうろしていたのかと思われそうだ。
しかし、近くに来ないでと思えば思うほど皮肉な結果になるのは世の常。
彼女たちは、私のすぐ後ろの丸テーブルに席を取った。
せめてもと私はスーツのジャケットを脱ぎ、ブラウス姿になる。
おまけに後姿なのだから、わかりはしないだろう。
甲斐あってか、私の心配は杞憂に終わり、注文を終えて席に着いた三人は話に夢中だ。
そもそもここに座る地味なリクルーターのことはもちろん、会社を訪ねた私のことも気にも留めていないに違いない。
「待ち合わせ、何時だったー?」
「七時ー」
「今日はN商事だっけ? いい男いるかなー」
どうやら今日は合コンで、ここでそれまでの時間をつぶすようだ。
「でさー、さっきの話の続きだけど」
そう言うのは、声からして先ほどの受付嬢だろうか。
聞き耳など立てなくとも、話は嫌でも耳に入ってくる。
次の言葉に私は凍りついた。
「あれさー、絶対水商売だよ」
粟立った肌の下で、体中を流れる血液がざわざわと彷徨っている。
「源氏名みたいなの言ってたもん。メイクも一昔前っていうか、濃いしさー。ないわー」
「うそー! 米本、趣味わるーい」
「けど、ホステスが何の用なの、あんな格好で」
「さあ? タカリに来たとか?」
「わざわざ来るなんてよほど切羽詰まってんじゃないのー?」
「イヤー! 米本、水の毒牙にかかっちゃうの!?」
「大丈夫、メモ握りつぶしといたから。だって、お互い連絡先も知らないなんて怪しいじゃん。そーいうお客様のお取り次ぎはいたしかねます」
「さっすがー!」
「それにしてもさー、米本さんがクラブ通いとか想像できなくない?」
「ないけど、裏でそういうことしてんのが男でしょ」
「イメージないだけに、ショック倍増だよね」
「ホステスに入れ揚げてるなんて。そーゆうヒト嫌ー」
「ああ、社内の数少ない有望株だったのに」
まだ冷えの残る指を暖めんとマグカップを包んでいた両手から熱が消える。
がやがやとした店内のはずなのに、自分の胸の早すぎる動悸の音が、しっかりと耳に聞こえた。
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