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「……夏なんて、なくなればいいのに」
そう言って、彼女は手を止めて中庭を眺めた。
彼女の目線の先には大きな楡の木があり、そこにはたくさんの蝉が張り付いて夏を主張していた。
どうしたの?と聞いてみた。
本当の所は聞かなくても分かっている。
彼女との付き合いは、かれこれ3年。
彼女の性格も、好きな食べ物も、今俺の事をどう思っているのかも、全て分かっている。
彼女は今、俺の前から姿を消したいんだ。
いや、俺の前からというより、この世界から。
夏なんてなくなればいい、などと嘆いても、実際は変わらないんだ。
だから俺も手を止めて、悲しい目をした彼女を諭すように静かな声で告げた。
「冬休みでも、『冬なんてなくなればいい』って言ってたぞ。
だから言ったじゃないか。
夏休みが始まったら、すぐに課題に取りかかったほうが良いって」
この正論に、彼女は図書館の机にサダコのように髪を振り乱して泣き崩れた。
「あと3日で課題3つとテキスト52ページ埋めるなんて無理……」
毎年(というか長期休みのたび)繰り返されるこの結末。
毎回同じ苦しみを味わう彼女を見るのは嫌いではない。いや、むしろもっと見たい。
きっと今日も閉館ギリギリまで付き合わされるだろう……。
馬鹿な子ほど可愛い、とはよく言ったものだ。
鼻を赤くしてぐすんと泣く彼女に、俺は微笑んだ。
「(ブッサイクに鼻水垂らしてゴリラみたいな泣き顔の馬鹿丸出しな所が)……好きだよ」
終
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