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ピアノの余韻が鳴りやまない。
手足を鍵盤とペダルから遠ざけてしまっても、ピアノ自体が共鳴を終えようとしない。
そして社長は……涙を隠そうとしなかった。
苦しげに嗚咽をかみ殺している気配がする。
僕はピアノを離れて、ソファに歩み寄り、彼の傍らに腰を下ろして、微かに振動する肩に額を押しあてた。
「なにが、そんなに、怖いのですか。社長……」
まるで、暗く冷たい墓穴の底に、一人横たわって、その身の上を嘆いている人のようだ、と僕は、震えずにはいられなかった。
「透矢。君は……大きくなった。そして、とても深く」
乾いた大きな手で、僕の手を取り握った。
「人の世のすべてが、この手と君の存在そのものに、包みこまれ溢れ出ててくるかのようだ」
またしても照れて隠れたくなるようなことを言う。
褒めすぎだ。
「社長のおかげです。それに、それは、僕の力じゃありません」
強く握りしめてくる社長の手をそのまま両手で包むように握って、熱い頬に押しあてた。
「人の心の力です。それを余すところなく伝えられる音楽という計り知れない表現手段。たぶん僕はただ、人、あるいは地球に存在する生物として、当然、誰でもできる代弁者の役割を果たしているだけなのです」
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