第22曲

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 あたかも今身を委ねている足下の暗く黒い海底から、そこはかとなく耳に届くような、微かな鐘の響きから始めよう。  この世に存在するのは、決して実際に目に見えている世界だけではないのだと、水底に眠る大聖堂と壮大な都市のイメージは我々に教えてくれる。  いや、すべてが水の底に横たわっているからこそ、海面から差し射る光の束を惜しげもなく浴びて、夢や憧れで見た幻影のように美しいのだと、 ドビュッシーの選んだ音形の連なりは間違いなく胸に語りかけてくる。  波のうねりを表すゆったりとした和音の揺れが徐々に徐々に盛り上がり、そこに複数の鐘の音がガランガランと重なり合って最大規模の音量になる。  やがて忽然と、鮮明に高音部の音が鳴り響くと同時に、鋭い尖塔を頂点にして荘厳な大聖堂が、暗く分厚い波の山を押しのけてザーッと姿を現す。  そして響き渡る。祈りの大合唱。  グレゴリオなど古い聖歌そのままに、直線的でわかりやすい旋律が神への祈りを歌い上げる。  だがその直後に、問いかけるようなニュアンスの部分が続き、伝説によれば、合唱を先導する司祭が、その場に居合わせ目撃しているはずの現世の漁師などに、問いかけの答えの唱和を求めているという。  漁師にはもちろん、何のことか理解できず、おそらくはラテン語の答えるべき歌詞を知るはずもないので……。  水底からの都市復活の鍵となるはずの機会は、あえなく失われてしまう。  そして再び、重々しくゆっくりと、大聖堂は崩れ去るようにして海の底に沈んでゆき、あれほど決然と響き渡った合唱や鐘の音も、遠く微かになっていつか水底に消えてゆく。  ただ、響きの余韻だけを残して。
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