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何のために生きるか、と聞かれれば、第一番目の答えは、一緒にいたい人といるため、だと思う。
だから僕は、社長の広い胸に顔を埋めて、すべてを忘れる。
これにまさる感動があるだろうか?
人が作りだした音楽の軌跡をたどることなど、どうでもいいことに思えてしまう。
いつか訪れる社長との別れを思う時、いっそ、彼と出会わなければよかったと後悔してしまうくらいだ。
だがその時にはきっと、僕も精神を損なってしまうに違いないのだから、今から心配する必要もないのだろう。
ともすると纏わりつこうとする不安を追い払い、いつまでもただ体を合わせたまま揺れ続ける。
穏やかな船の揺れが、ショパンの曲の左手パートのように、永遠に止むことのない抱擁でふたつの体を包んで揺らしてくれるから。
ただ、掠れた声で、社長、と呼ぶだけで、熱い想いが底から込み上げ、いくらでも潤い溢れ出すことができた。
本当に自分は、この人に弱い、とただもう苦笑して降参するしかないけれど。
社長は先ほどからずいぶんと不機嫌そうだ。 社長、と呼ぶなという。
低い声でそう責めては、僕を哭かせる。
もっともだ。
陸の生活を捨てた彼に、社長も何もない。
では……そうだ、船長ではどうだろう?
そうそう、それがいい。今の彼にピッタリだ。
僕が提案すると、満更でもなさそうな表情を見せる。
決まりだ。
彼を底なしに愛しリスペクトする僕の気持ちにも合致している。
ああ、またさらに、歯止めが利かなくなりそうだ。
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