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施設から遠くない森のそばに、こじんまりした別荘を購入したので、そちらへ移ることになった、と社長秘書の渡辺さんが僕に知らせてきたのは、つい2、3日前のことだ。
社長が半年以上の間過ごした施設を後にする日、移動の手間や住まいが変わることでの精神的な負担が心配で、僕は音楽院の講義をいくつか休み、施設へ向かった。
個室で車椅子に座って迎えを待っていた社長は、肩に外出用と思われるブランド物のショールをかけ、すっかり支度が整った様子だった。
「透矢」
個室に入っていった僕の顔を見るなり、眉を寄せて低く唸った。
不満そうに小さく首まで振って見せている。
「授業はどうしたのだ。わざわざ来なくていいと、渡辺に伝えたはずだ。聞かなかったかね?」
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